僕の小さな王子様

オルくんとゔぃんてじくんの狩りという名のデートのお話。
ヴィンデンブリューテは本名です。長い。

***

「せいっ!」
 小気味よくリズミカルに響く声音とともに、振り下ろされた斧の巻き起こす旋風が辺りを渦巻いて駆け抜ける。
 それに乗ってはらりと舞う朱い髪を、まるで花弁のようだとぼんやり思いながら傍らで見惚れる青年の元へ届いたのは、今度は快活な笑い声だ。
「やったーヴィンデみてみて、宝箱!」
 小さな身体からは想像出来ないほど軽々と、金銀宝石の詰まった大きな箱を頭の上に抱えあげながら上機嫌に笑う自分より少し幼い少年の姿を微笑ましげに見つめ、ヴィンデと呼ばれた青年は応えるように笑みをこぼした。
「ほんとだ、オルくんすごーい。今夜のご飯は、ちょっとだけ贅沢出来ちゃうね」


 シュバルツバルドの山間にある少し寂れた街、フィゲル。その近辺には緑や赤、青、そして金色、それから三つの頭を持った竜などが棲み着く『アビスレイク』と呼ばれる洞穴があった。
 その付近に住む住人たちには既に慣れっこになってしまっているが、街の周辺に棲むモンスターは好戦的で、襲いかかってくることもしばしばある。
 しかし、竜たちが群れをなして外に流れ出てくる、ということはさほどなく、湖の周りをうろついているのは比較的おとなしい種や生まれたての小竜くらいだ。それに本当に危険で強大な竜などは湖の真ん中にある孤島の洞穴から殆ど姿を現さないので、付近に住む住民たちはとりあえずはその存在を認知しながらも、その場所とは付かず離れずの生活を送っていた。
 敢えてそんな竜たちの巣窟に意気揚々と乗り込もうとするのは、日頃から狩りや商売で生計を立てている冒険者くらいだ。先ほどの二人、揃いの赤い髪をしたメカニックたちも、そんな冒険者の中の一員であった。
 あちらこちらで忙しなく飛び回り、駆け回る竜の鳴き声や、大きな羽音が木霊する洞窟の中、どちらかといえばその場には似つかわしくないような和やかな雰囲気で語り合う二人の姿は、少し異様な光景であるかもしれない。しかもそれがこの二人にとっては恋人たちの行う逢瀬――いわゆる「デート」であるのだから、なおさらおかしなものだ。
 けれども、相変わらず楽しげに駆け回る竜たちと対峙する少年、オルヤを眺める紅い髪の青年――ヴィンデンブリューテにとっては、それはとても懐かしい記憶と重なるものでもあるのだった。
「オルくん、あんまり追いかけ回すと危ない――」
 この土地にいる竜には不思議とよく効くらしい、呪われた水を使おうと引いていたカートの中の荷物を探りながら、そう声を掛けようとした瞬間、背後から聞こえる怒号にも似た轟く唸り声。
 危ない、と思うとほぼ同時に視界を掠めたのは、オルヤの投げたのであろう斧の、煌めく銀色の軌跡だった。
「ヴィンデこそ、気を付けないと危ないよー!」
 こちらへ駆けつけながら片手斧を構え直し、庇うように前へ出て立ち塞がるオルヤの姿を眺めながら、やはり昔からちっとも変わらないなぁ、などとこの場には似つかわしくないほのぼのとした調子でヴィンデンブリューテは思う。
「そうだね、これ使う前でよかったかも。わざわざ嫌がらせみたいに耐性つけてくれなくてもいいのに」
 カートの中へ瓶を投げ入れて戻しながらオルヤの背を守るように斧を構え直して眼前を見据える。と、そこにあったのは想像通り、大小様々な竜を引き連れた三頭の頭を持った巨大な竜――ハイドラランサーの姿であった。
「こいつ倒してもあんまり美味しくないから嫌いー」
「ね、面倒だよねー」
 こんな場面でも、交わす言葉は変わらず和やかな二人である。けれども、その言動とは裏腹に、各々手にした斧で周りを取り巻く竜を蹴散らし、三頭連なったままの大きな頭を倒した証だとばかりに手に入れるまでには、さほど時間はかからないのだった。
「オルくんは相変わらず格好いいよね」
 ほどなくして竜の群れを捌くのにも落ち着いた頃、使うものは予め出しておかねばならないなとカートの中を探りながらそんな言葉を発したのはヴィンデンブリューテのほうだ。
「え!? そ、そう?」
 突然投げられた言葉に少しばかり照れた様子を見せながらも、オルヤはまんざらでもなさそうに頬を緩ませる。
「うん、格好いいよ。昔からずっとそう。僕が危ない時はいつも守ってくれるの。オルくんだって危ないの、わかってるのにね」
 くすりと笑みを浮かべながら彼が思い返すのは、今よりもまだ二人が幼かった、少し昔のことだ。
 フィゲルに住む小さな子どもたちの間ではたびたび行われる、アビスレイクへの冒険という名の度胸試し。
 時に命を落とす危険すらあるそれは大人たちの肝を冷やすものでもあるのだが、そんな都合など幼い子どもたちは分かってくれない。自身で痛い目を見て、怖い目に遭って、ようやく「もうやらない!」と嘆き、これは危ないと気付くその時まで。ある意味それは、一歩大人に近づいた瞬間、とも言えるかもしれない。
 そんな危険な冒険の旅に、二人も誘われたことがあった。昔から好奇心が旺盛なオルヤのことだから、二つ返事で参加したのをよく覚えている。ヴィンデンブリューテは比較的おとなしい、大人からすれば「良い子」であったのでとても躊躇したのだが、結局は楽しそう、というワクワクとした心には勝てなかった。
 何より、誘ってくれたのが他でもないオルヤだったのだ。
 その頃の二人は、ヴィンデンブリューテが家の庭先で花の世話をしている時、たまたま通りがかったオルヤが駆け寄って柵越しに言葉を交わすくらいの、そんな「仲良し」とはなかなか呼びづらいような間柄でしかなかった。
 本当はヴィンデンブリューテも、出来れば他の子どもたちのように、もっと家の外で駆け回ってみたかった。木登りだってしてみたかったし、すぐそばにある海辺をただ歩くだけでなく、どこまでも遠くの島まで泳ぎ切ってみたかった。
 けれども、少しばかり過保護すぎる彼の両親が、ほんのちょっとの怪我ですらこれは大変だと慌てふためいて医者を呼びかねないほど騒ぎ立てるので、どちらかといえば従順で温厚なヴィンデンブリューテにはなかなか難しい、気がすすまないことでもあったのだ。
 だから、そんな危険な『冒険』に誘われた時も、とても悩みながらも、キラキラとした金色の瞳が誘うように見つめるのをどうにも跳ね除けることが出来ずに、罪の意識と高揚と、その両方で高鳴る胸を抑えながら伸ばされた手を取ったことをとてもよく覚えている。
 結果的にいえば、子どもたちのはじめての『冒険』はとても大失敗だった。
 参加したメンバーの中でも特に悪ふざけがひどい少年がこれくらいなら大丈夫だと笑いながらつついていた大きな卵の中から、小さな竜の子どもが飛び出してしまったのだ。
 竜の子どもは、付近に住む大人や、今の二人にとってはたいした脅威でもない、そんな相手だ。けれども、その頃の二人には、子どもたちにとっては、とんでもなく恐ろしいものだった。慣れてしまえば可愛らしくすら聞こえる甲高い鳴き声も恐怖の対象にしかならない。そもそも、この場にいる、危険な場所にいるという意識だけでも既に緊張感は限界に達していたのだから、そこから先はもう、みんな蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ帰るしかなかった。
 そうして、昔からのんびりしていたことも災いしてか、逃げ遅れたのがヴィンデンブリューテだった。慌てた様子で方向転換をして逃げ帰る子どもたちの勢いに飲まれ、押されてすっ転んで、気がついた時には目の前に竜の子どもが迫っていた。
 無理に起こされて気が立っていたらしいその竜の子どもの、小さくも鋭い爪が伸びようとしたその時に、ぺしりとそれを叩き落としてくれたのが、他でもないオルヤだった。
 子どもたちがこぞって逃げ帰る中、ヴィンデンブリューテが転んで逃げ遅れたのをいち早く見て取ったらしいオルヤは、果敢にもその辺りに落ちていた棒切れひとつで竜の子どもに立ち向かったのだ。
 先ほど三頭竜に襲われそうになったヴィンデンブリューテを助けた時と同じに、守るように背を向けて、前に立って。
 どちらかといえば同年代の少年に比べれば少し小さな背格好をしていたオルヤの、その背中がとても頼もしくて、とても格好いいと思ったのを、今もよく覚えている。
 そして、そんなところはちっとも変わっていないなあと、久しぶりに再会した今になってもヴィンデンブリューテは思うのだ。
「だから昔っからね、オルくんは僕の王子様なんだよ」
 少し照れ臭そうに笑みを浮かべて瞳を細めるヴィンデンブリューテの様子に、オルヤは髪よりも真っ赤に頬を染めながら慌てて返す。
「そ、そ、そんなこと言ったら、俺だって昔っから、ヴィンデのこと可愛いと思ってたし! というかむしろ、女の子だと思ってたし」
「あはは。それなら僕、オルくんのお姫様になれちゃうかな」
「なれちゃうっていうかそのー……あーもー!」
 それわざと言ってるの? ヴィンデってほんとずるい。
 髪の間から覗く耳まで真っ赤にしてそう続けたオルヤの言葉に首を傾げながらも、ヴィンデンブリューテはオルくんのこういうところは可愛いかなあ、とのほほんと思う。
 そうして不意に目が合って、どちらからともなく互いを求めるように唇を重ねようと瞳を細めた、その時だ。
 すぐ近くの地面を吹き飛ばす勢いでめり込む天から落ちてきた火球に、二人は揃って溜め息を吐く。
「あのさーここは空気読んで欲しいんだけど……」
「あはは。どちらかといえば僕らの方が読んでないかもー……?」
 続きは今夜ベッドの中でね、なんて言いながらも立ち上がり、二人はこの洞窟の主であろう巨大な赤い竜を見据えて、獲物を構え直すのだった。

Utility

Update

僕の小さな王子様
2019.10.02 21:52
「2度目のよろしくね」
2019.10.02 21:24
おはなし。
2019.10.02 21:21
フィルタリングされました
2019.10.02 20:57
ある日、プロンテラにて。
2019.10.02 20:34