「2度目のよろしくね」
「ヴィンデは本当になんでも似合うのねえ」
華やかなフリルのワンピースを何枚も何枚も手に持って重ねて揺らしながら、母は無邪気に笑った。
髪に飾った生花で作られたコサージュをつまみ上げてはまた違うものを、今度は細いリボンの組み合わされた繊細そうな細工の髪飾りを。
そうして楽しそうに僕を彩るものだから、いつも困りはしても悪い気はしなくて、ついつい言いなりになってしまう。
それでも、時にはこうして反発だってしたい時もある。なにそろ僕だってもう齢十を迎えた、立派な男の子なのだ。
「母さん、そんなに僕を飾り立ててどうするの? 今夜は舞踏会でも開くつもり?」
「あら、それも悪くないかしら。そうねえ、昔読んだ絵本のお姫様みたいに、あなたを迎えにくる素敵な殿方が……なんてね」
くすくすと語尾を上げ、本当に悪気なく楽しそうに母は笑うけれど、僕にとってはとても笑い事じゃない。
「だけど、僕は男の子だよ」
「そうね、あなたがどれだけ可愛らしくても……男の子は、お嫁さんにはなれないのよねぇ」
少しだけ残念そうに呟く母の姿は、子供心にもなんだか滑稽だな、と思えた。
結局、興が削がれたのかその日の着せ替え人形タイムはおしまいを迎えて、ようやっと僕は自由な時間を手に入れた。
けれど。
鏡の前で、まだお仕着せられたままの服を着た、少女のような自分の姿を眺め、なんとなしにくるりと回ってみせる。
繊細なフリルとレースで縁取られた柔らかなシルクのスカートがふわりと舞って踊る。
「……お姫様……かぁ」
鏡の中の自分を見つめながら、僕はぼんやりと思う。
こんな自分の姿にそれほど違和感を覚えないのは本当は妙なことなのだろうか、なんて。
結局着替えるのも面倒になって、そのままの姿でお茶の時間まで庭の散歩をすることにした。
その頃にはきっと母も戻ってくるだろうから、その時に着替えを頼めばよいと思ったのだ。
春先のまだ早い時期の庭はどちらかといえば緑の方が目に鮮やかで、ちらほらと咲く小さな花を探しては、しゃがみこんでつぼみの膨らみを心待ちにする。
いついかなる時でも花が咲くようにと祖父はたくさんの花をこの庭に植えていたけれど、それでも咲く花はやはり限られていた。
フィゲルの春はあまり長くはなくて、来るのも遅い。それは北国だから仕方がないのだと祖父は話していたけど、それにしたって諦める気はないらしい。
なかなか花がつかないのだとぼやきながらも世話を続けていた庭の木香薔薇は早くもちらりほらりと花を綻ばせていて、それを見た祖父の顔が今にも浮かんで来るようだった。
――今年はたくさん、花がつくといいな。
思いながら、緑の茂るフェンスを見上げていたところで、ふとこちらを眺める人影に気がついた。
ぱちり、と視線が合う。
僕と同じ赤い髪をした、小さな男の子。年の頃は同じくらい……だろうか、少し下か。好奇心の旺盛そうな夕暮れ色の瞳は、少し今さっきまで見ていた薔薇の色に似ていた。
しばらく様子を伺っていると、なにやら男の子は挙動不審な態度できょろきょろと視線を彷徨わせている。
(この家に用事がある人……とかじゃ、ない……のかな?)
もとより何かと人の出入りも多く、道すがら庭先の花を眺めていく人もよくいる家だった。庭いじりをしている祖父と街の人が談笑をしている様だってしばしば見かけた。そんなわけで、そういった風景がごく当たり前になってしまっていたその時の僕には、彼の態度は少しばかり不思議に思えた。
だから、だろうか。
なんとなくフェンスの向こう側が見える位置まで歩み寄って、声をかけてしまいたくなったのは。
「君、このおうちに用がある人?」
まさか話しかけられるとは思っていなかった、みたいな顔をしてまんまるな目をさらに大きくして、少年は息を飲んだ。
そのまましばらく、その場にはなんだか不自然な静けさが訪れた。
とはいえ、このままこちらが質問ばかりするのも気が引けるし……思いながら考え込んでいた僕の耳に、少し上ずった調子で慌てて目の前の男の子が言葉を返した。
「あ、あの! ……花が、すっごくきれいだなーっておもって、それで」
そこまで言って、言葉に詰まってしまった彼の言を引き継ぐようにして、僕はなるほどと言わんばかりに笑みを見せて頷いた。
「そっか、お花を見てたの? 君も花が好き?」
「う、うん……」
なんだか尻すぼみな返答だったけれど、その場は首を傾げるだけでやりすごして、
「お花が見たいならおうちの中に入る? きっと頼んだら入れてもらえると……」
「や、え、えーっと、まだおつかいの途中だから!」
焦った様子で両手を前に出して横に振る彼の仕草に、よほど急いでいるのだろうと合点して、僕は少しばかり残念だな、と思いながらも素直に頷いた。
本当は出来れば少しくらいお話が出来たらいいのに、と思っていた。フィゲルは住んでいる人が少ないから、年が近い子と話せる機会なんて、そうそうなかったのだ。
「そっか、じゃあ仕方ないね……おうちのお手伝い、してるんだ? えらいね、まだ小さいのに」
僕の言葉にちょっとムッとした表情を見せて、少年は指を九つ、大袈裟に前に突き出す。
「ちいさくないってー! 俺、もーすぐ九歳になるんだから!」
「そうなんだ。じゃあ、えーっと……ひとつ下、なのかな? もうすぐ、って……お誕生日?」
呑気に首を傾げた僕に大きく頷いて、彼は来月の終わり! と元気に返事をする。
その様子がなんだか微笑ましくて、それからなんとなく、これだけで終わってしまうのが少しさみしく思えて。
ふと思い立って、すぐ脇に生えていた木香薔薇の花をひとつ手折って、フェンスの隙間からそうっと彼に差し出した。
まんまるの瞳がぱちくりと不思議そうにそれを眺めているのを見ながら、ずい、と少しだけ前に押し出して。
「お誕生日のプレゼント。まだ、すこし早いかもしれないけど……当日に渡せるとは、限らないから」
僕はいつも家族揃ってリヒタルゼンとこの街、フィゲルをいったりきたりする生活を繰り返しているものだから、彼の誕生日にはここにいないかもしれない。
それに、もしいたところで会えない可能性だってあるな、なんて思ってしまったのだ。
この街は、牧歌的で誰にでも開けているようでいて、すこし閉鎖的なところがあるから。
昨日までいたはずの人がいついなくなるかわからない、そんな街だったから。
黄色い薔薇の花と似た色の瞳を僅かに輝かせて、少年は本当にそうっと、僕の差し出した花を手に取った。
「大丈夫だよ、薔薇だけど、棘とかはない品種だから。そのお花、すごくいい匂いがするの。きっと、おうちの人も喜ぶよ」
お手伝いの途中に邪魔してごめんね、そう声をかけたところで、家の方から自分の名を呼ぶ声が聞こえて、僕は大きく返事をした。
「ごめんね、呼ばれちゃった、もう行かなきゃ。……またね」
手渡した花を握りしめたまま、まだ呆然とその場に立ち尽くしていた彼に小さくお辞儀をして手を振って、僕はその場を後にした。
本当は、「またね」なんて挨拶にはなんの効力もないことなんて、子供心にわかっていながら――。
「……だけど、びっくりしたよねぇ。本当にまた会えるなんて」
少し大人になってから久しぶりに訪れたフィゲルの街で、隣を歩く少し背の低い彼に話しかけながら、僕はそんな風に昔のことを思い返していた。
「俺もびっくりしたー! あの時はヴィンデのこと、本当に女の子だと思ってたしー」
悪びれた様子もなくそう言って笑う彼の姿は、なんとなく言われてみれば、昔の面影を残したままだ。
僕の大好きな花、あの日、彼にプレゼントと言って手渡した薔薇みたいな、綺麗な夕暮れ色のきらきらした瞳も。
「……ねえ、オルくん。変なこと言っていい?」
並んで歩く僕の方を不思議そうな顔をして少し見上げながら、続きを促すように彼はうん? と尋ねた。
「本当はね、ちょっと、夢だったんだ。お嫁さんになるの。……だけど男の子にはどう頑張っても無理だからって、ずっと諦めてたんだけど……」
でも、オルくんが『結婚しよう』って、そう言ってくれたから。……すごく、嬉しくて。
照れ臭くてまだ夢みたいで、俯き加減に続けた言葉を待ってから、彼――オルヤは僕の手をぎゅうっと握りしめて、ぱあっと、それこそ花が咲くみたいな朗らかな笑顔を浮かべた。
「俺もうれしー! ヴィンデみたいな可愛いお嫁さん、欲しかったし!」
「か、かわ……!?」
それはどうかな、なんて言い返してみたけれど、オルヤはニコニコ笑顔ですっかり上機嫌だった。
そうこうしている間に辿り着いたのはすっかり見慣れた祖父の邸宅。小さい頃からずっと住んでいた家。たぶん、ふたりが初めて出会った場所――。
叶っちゃったね、「またね」の言葉。
君のきらきらの瞳によく似た花、木香薔薇の咲く季節に、また、ここで。
オルヴィンで「2度目のよろしくね」とかどうでしょう。
http://shindanmaker.com/531520
という診断メーカーのお題から派生したやつなのでした。
どうでしょうもこうでしょうもねーお!!!!みたいな。
いちおう確認はしていただいたのですが、解釈ズレてたらすみませんって感じです…。
ついでに同性婚実装のおかげでゲーム内でもゔぃんてじくんの夢は実現してしまったのでした…おめでとうありがとう…。